※1 DEI&B:Diversity・Inclusion・Equity&Belonging
「Equity(公正性)」・・一人ひとりがパフォーマンスを出せるよう、個々に合わせて支援内容を調整し、公平な土台をつくり上げること
「Belonging(帰属意識)」・・社員がありのままの自分を偽らず、会社などの組織の一員として居場所があると感じられる状態であること
野秋 誠 さん
野村アセットマネジメント株式会社プロダクト・マネジメント部 兼 DX推進部
フロントエンドエンジニアとしてWebソリューション業界の企業に勤務。2019年野村アセットマネジメント株式会社へ中途入社。WebディレクションやSEOコンサルティング等を担当。災害時避難マニュアルの改善など、職場環境の見直し・最適化に取り組んでいる。
日本手話言語と日本語読み書きによるバイリンガル教育
耳の聞こえないろう者(※2)として生まれ、日本手話言語(※3)と日本語読み書きによるバイリンガル教育を受けて育った野秋さん。デフアスリート、デフリンピックのように、ろう者を「デフ」と表記するパターンを目にする機会も増えたため、そちらの言葉の方が聞き慣れている人も多いかもしれないとのことです。
※2 ろう者:耳が聞こえない人々のうち、主に手話言語でコミュニケーションをとって日常生活を送る人々を指す。
※3 手話言語:独自の文法を持つ一つの言語として国際的な条約で認められ、日本では法律にも「言語(手話を含む)」と明記されている。
「聞こえのタイプとしては感音性難聴に分類されます。私の場合は基本、全く聞こえていないとご認識頂いた方がお互いコミュニケーションなど逆に円滑になりやすいのでそのように伝えています。補聴器は運転時以外ではあまり利用しておらず、耳が聞こえないということは一目見ただけではおそらく気付かれないかと思われます」
高校まではろう学校に通い一貫型教育を受け、大学ではメディアテクノロジーを専攻しデジタルサイネージや電子書籍などICTソリューション(情報通信技術を使った問題解決方法)の勉学に励んだ。卒業研究ではICT活用による読み書きスキル向上を目的としたモバイル教材の開発に携わり、論文を執筆した。
限られた環境やツールを使ってよりクオリティの高い成果物を提供
受験や就職活動を通じて自身の将来像を自問自答する機会が増えた。その際に勤務先でクリエイティブなサイトを構築中の自分が想像できたという野秋さん。改めて振り返ってみると、学生の頃からキーボードを叩く事が好きで、当時はWordなど学校が故にどうしても限られてしまうツールを駆使し学校行事のパンフレットや映像制作を行っていた事が機縁となった。
「ユーザビリティやユーザーインターフェースに当てはまる観点で、斬新な切り口を作り上げたいと思い、クリエイターの道に進むことを決めました」
就活時は経験やスキルを着実に積み重ねる事ができる環境を重視し、最終的にはろう者などマイノリティ人材の採用実績のあった企業から新卒内定を受けて入社した。フロントエンドエンジニアとして金融や化粧品メーカーなどあらゆる業界からWebサイト制作を委託され、日々案件処理に追われた。算段のしようがなく、全てを投げ出したくなる時もあったが、おかげで多くの案件を捌く上で必要となる決断力や効率を重視した働き方などが鍛えられたという。
「検索エンジン上で自社サイトを検索結果に上位表示させ、検索流入を増やすためのSEO対策の一つとしてダイバーシティ&インクルーション(以下D&I)推進でもよく挙げられるウェブアクセシビリティの概念もこの時期から学ぶようになりました」
また、兼務でノーマライゼーション推進部署にも所属。社内研修会の情報保障体制やマニュアル作成といった環境整備にも携わった。
「在籍はしていたのですが、当時はD&Iの知識はなく、推進している認識も特には抱えていませんでした。あくまでも音声言語が中心のシステムや制度となっている聴者社会での荒波に飲み込まれず生き抜くために本能的に動いていた気がします」
面接を通して柔軟的な対応ができる環境であることを実感
研鑽を積み重ねた上でキャリアアップを図るべく2019年、野村アセットマネジメント株式会社に転職し、WebディレクションやSEOコンサルティング等、幅広い業務を担当するようになった野秋さん。転職活動における軸はどこにあったのだろうか。
「大学生のときの就活とは違い、経験・スキルという手札を揃えている状態なので、業界には拘らずあくまでも自分のスキルを正当に評価頂ける、かつ業務で必要となる最低限必要な作業環境をセッティング頂ける所であれば、という比較的シンプルな考えでした」
他社の選考も進んでいたが、最終的に野村アセットマネジメント株式会社に決めた一因は当時の面接官の印象がかなり強く残ったからだったという。令和になった今でも筆談形式で面談実施しようとするステレオタイプの企業もあった中、その面接官は自身のスマホに音声文字変換アプリを導入し、野秋さんとのコミュニケーションツールとして活用していたのだ。
「当時はコロナ禍前という事もあり、音声をテキストに自動変換するというニーズがまだ限られていた頃です。少なくとも相手側からそのような提案をされる事はなかったので新鮮味を感じました。同時に柔軟な対応ができる環境である事も汲み取れたのも大きな収穫でした」
チームの方々は私の事を「野秋」として見てくれている
野秋さんが入社したのはコロナ禍直前。職種の特性から、オフィス出社が必須でなくなって間もなく在宅ワークも可能になった。
「普段はPC画面に表示されるソースコードとにらめっこを続ける事がほとんど。営業のように顧客と会うこともなく、対面でのやり取りの重要性がそこまで高くはありませんでした。レビューの際は画面共有や専門ツールを用いる事が殆どであり、環境に左右されにくかった事から在宅ワークのメイン化はスムーズでした。」
コミュニケーションを疎かにしないように意識しているとのこと。
「同じチームの方々と親睦を深めないのは当然好ましくないかと思います。元々Skypeなどのチャットツールは導入済みでしたので、短い一言も投げやすかったのは気楽でよかったですね。」
そんな中、多くの人は気づいていないかもしれない、コロナ禍が変えた働き方改革ならではの悩みを話してくれた。
「ろう者“あるある”ですが、会議中でなくてもイヤホンを耳穴に付けたままの方がいるので、会議中なのかそうでないのかがわかりにくく、いつ声をかけていいのか判断に迷う事もありました。マスクで口が隠されているのも原因ですね。映像なしのミーティングもよくあるので。そこまで深刻に悩んでいるわけではないですが(笑)」
プロジェクトチームの結成などで初めて一緒になる方は、野秋さんと関わるタイミングなどなかなか掴めず戸惑うそうだ。そんな時は野秋さんからコミュニケーションをとるようにしている。
「相手にとっては高い壁かと思いますので、そんな時は私から話しかけるようにしています。お土産買ったのでどうぞ、とか、この指示書の意味分かる?など会話のネタは些細な物でも大丈夫です。きっかけを作る事が大事だと思います。入社して早2年程経ちましたが、チームの方々は私の事を“マイノリティな社員”ではなく“野秋”として見て頂いているので、そういう意味では嬉しく感じております」
野村グループとして活動の規模を広げていきたい
野村グループでは、「新たな価値を生み出すために、多様性を尊重し、組織や立場を超えて協働する」という企業理念の価値観の1つに多様性の考え方が組み込まれている。
野秋さんが所属している野村アセットマネジメントでは、今年4月にサステナビリティ推進室が設立された。コーポレート・サステナビリティの推進においては、DEI&Bを方針の一つに掲げ、多様なバックグラウンドを持つ社員が、自身の持つ業務遂行能力を最大限に発揮できる職場環境づくりを進めている。
直近では、オンラインMTGへの対策として音声文字変換ツールやビデオ会議アプリの字幕機能拡張導入など実績を積んでいる。
さらに野秋さんは、他のグループ会社も参加しているALLIES(アライズ・イン・ノムラ)(※5)に加入し、野村グループとしての活動規模を大きくしていきたいと考えている。
野秋さんが自身の視野をより広げるためにアライとして加入したALLIESは、野村グループ社員の自主的な取り組みであり、多文化、障がい者、LGBTQ+をテーマにした社員ネットワークの1つ。
「“普通の人”なんていないので。一人ひとりの違いを大切にするという野村の考えに賛同しております」
自身のネットワーク経由で耳に入ったイベント情報をできる限りに連携するようにしている。これまで漠然・なんとなくであった事象に刺激を与えるきっかけになればと思った。
※5 旧MCV(マルチカルチャー・バリュー)より名称変更
物事を捉える視点を変えれば誰もが働きやすくなる
日本社会では音声言語が中心となっており、ろう者は手話言語や文化などストレングスがあるにも関わらず、聞き取れず話す事が難しいなど社会生活上の問題を抱えた「聴覚障がい者」として定義されている。
その上で、社会適応できるよう聴覚口話法などのリハビリテーションを通じて、ろう者が健聴者に近付く事を余儀なくされる、という医学モデルがまだ根深く残っている。
「そんな中、野村アセットマネジメントでは”物事を捉える視点を変えれば誰もが働きやすくなる”という社会モデルにシフトしているように個人的には感じています。これは、障壁の解消に向けた取組みが社会全体で進んでいるからだと考えています。」
例えば、「もしも眼鏡やコンタクトレンズがない世界だったら」と想像してみるだけでも新たな気づきを得られるだろう。たまたま不便がなく過ごしている多くの人も、将来加齢や病気により不便さを感じる場合もある。野秋さんは、このようにマイノリティを枠として括るのではなく、自分を含めた文化的言語的観点から捉え直す野村アセットマネジメントの姿勢に共感しているという。
過去の自分を受け入れる事が新たな自分を見つける大きな架け橋になる
最後に野秋さんに「こう生きたい」を軸に仕事を選びたい18歳〜25歳へのメッセージをお願いした。
「雇用意識や価値観の多様化など、時代の変遷に伴い自ら発信できる場が増え、言語化しやすくなりつつあります。これからも沢山の方々と出会い、人の数だけ様々な考え方が存在するということを早めに感応して頂く事が重要かと思います。それだけでも周りが面白く見えてくるかもしれません。私も学生の時講演会から飲み会まであらゆるコミュニティに依拠してきました。参加=発言を強制するものではないので人見知りで緊張しがちな方でもハードルは低いかと思います。」
「ただ、多様な考え方を受け止めようと、あまりにも享受し過ぎると逆に自分を見失ってしまう場合もあるかと思います。これは仕事や交流にも通じるケースです。
その落とし穴にはまらないよう、座右の銘、或いは人生の軸として私は「時には立ちどまって◯◯をする」考えを貫徹しています。◯◯に当て込む行動指針はなんでも良いです。場面によって適宜入れ替えます。例えば「自己分析」。振り返りをしておく事で将来トライしてみたい仕事や大切にしたい事に気付くかもしれません。気付けずとも、何らかのタイミングで経験値として還元される場合もあります。
逆にあえて「何もしない」をするのも個人的にお勧めです。不思議な事にそういう時に限って思いがけない発想が浮かび、課題解決に繋がる事もあり面白いです」
と、ここまではありきたりなメッセージかもしれません、と言って最後に付け加えた。
「そう簡単に実行できない、綺麗事だと懐疑的に捉える方も勿論いらっしゃるかと思います。その捉え方も間違いではないです。ただ、過去の自分を否定せず現在の自分や未来の自分と同様にいつか受け入れる事で人生の岐路に立たされた際に、新たな活路を見出す事が出来るかもしれません」
企業情報:野村ホールディングス株式会社