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Update on :2022.12.22

「社員が主役」がIBMの強み

川田 篤さん
日本アイ・ビー・エム株式会社
人事 ダイバーシティー&インクルージョン推進 部長

IBMといえば、長きにわたって世界のIT業界を牽引してきた存在です。日本IBMの創立は戦前の1937年と、80年以上の歴史を誇ります。
今回お話を伺ったのは、新卒として日本IBMに入社し、もうすぐ勤続38年になるという川田さん。まだダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)という言葉もなかった時代から現在まで活躍を続けてきた川田さんの目に、IBMの変革はどう映っているのでしょうか。

 

川田 篤 さん
人事 ダイバーシティー&インクルージョン推進 部長

2003年LGBTQ+に関する活動を開始し、社内で当事者コミュニティを立ち上げ。啓発活動を推進するとともに、人事部門とともに企業における日本初の同性パートナーシップ制度を実現。2022年、人事部門に異動し現職。全ての人が尊重され、活躍できる社会を目指す。


笑顔と涙のカミングアウト

 

IBM一筋38年。川田さんがその第一歩を踏み出したのは、1980年代のことでした。

川田さん「当時は、ITが今後の時代をつくるものだという認識がありました。そんな中でIBMという会社について調べてみると、色々なことをやっているし、世界レベルの会社だということがわかって。先進的なところで働きたいという思いがあったので、入社を希望しました」

川田さんはLGBTQ+の当事者です。就職活動をするにあたり、ご自身のセクシュアリティを意識することはあったのでしょうか。

川田さん「当時はまだ、D&Iなんて考え方はまったくない時代でしたし、自分のセクシュアリティを意識して会社を選択するということもありませんでした。最初の配属は営業でしたが、自分のセクシュアリティはずっと隠したままでした」

そんな川田さんに転機が訪れたのは、2003年のこと。米国本社の上司が、社内でLGBTQ+の活動を行っていると知ったことがきっかけでした。

川田さん「その頃は、IBMという会社がLGBTQ+活動に積極的ということを全く知りませんでした。『え?この会社ってこういうことをやっている!』『身近な上司がこんな活動をしている!』ということを偶然知って、とても驚きました。ちょうど出張で、その上司と会議を重ねたのですが、わざわざ日本からよく来てくれたねということで、彼の自宅にディナーに呼んでいただきました。彼の運転する車で向かったのですが、彼は自分のセクシュアリティを職場の中でオープンにしているのに、自分は何も語っていない。そのような状態にとても負い目を感じて、車中で『実は自分もゲイです』と告げました。それが会社の中での初めてのカミングアウトでした」

その後、その上司からの働きかけもあって川田さんは、ご自身でもボランティアとしてLGBTQ+活動を始めるように。

川田さん「日本の人事部門とコンタクトを持ち、LGBTQ+についてどうやって社内で理解を広めて行くかを一緒に考えました。2007年に当事者のコミュニティを立ち上げたり、同性同士のカップルであっても会社から結婚祝い金をもらえるようにしたり。会社として東京レインボープライドにも参加しましたし、アライの活動も2013年に立ち上げました」


活動自体は順調だったLGBTQ+ボランティア。しかし川田さんの心の中には、ずっと憂慮があったと言います。

川田さん「活動を始めてしばらく経っていましたが、自分の職場ではまだカミングアウトをしていませんでした。カミングアウトをすることによって上司や同僚との関係がどうなるのか想像できず、躊躇していました。そのような状態で活動を続けていたので、チームメンバーに対しては隠し事をしているという気持ちがありました。職場でカミングアウトをしたのは、2015年のことでした。社内表彰を受ける機会があって、そこで短いスピーチを依頼されました。ものすごく悩みましたが、この機会しかないと思いました」

当時会場にいたのは40名ぐらいだったと川田さん。その方達を前に川田さんは、自分のセクシュアリティを告白します。

川田さん「突然のことでしたし、皆さん驚いたことと思います。実は1名2名にはすでに自分のことをカミングアウトしていたのですが、その方たちは泣きながら話を聞いてくれました。話が終わったあとは、全員から暖かい拍手をいただきました。握手を求められたりもしました。そのぐらいハッピーな、本当にハッピーなカミングアウトになりました」

当時を振り返る川田さんから、優しい笑みがこぼれます。そして川田さんは今年の9月に人事部門に異動となり、現在は業務としてIBMのD&Iを担当しています。


「日本IBMでは女性、障がい者、LGBTQ+、介護の4つのコミュニティが積極的に活動しています。これまでどおりLGBTQ+をリードし、それと併せて、障がいを持つ社員が活躍する場をつくるというのが、今のメインの仕事です。障がい者向けのインターンシッププログラム『Access Blue』の運営の他、障がい者の一人ひとりのニーズに配慮した働き方をサポートする『ビジネスコンシェルジュサービス』というチームを担当しています。身体、精神を問わず、障がいを持つ方たちが安定して仕事をできる環境作りに取り組む毎日です」

 

会社としてのD&Iへの取り組み

 

川田さん「IBMの歴史は110年以上になります。そしてその創業当初から女性や黒人の方を積極的に採用してきたという歴史があります。障がい者の採用も早い段階から始めていましたし、給与に関しても人種や性別による格差をなくしました。D&Iという言葉もない時代から、実質的にD&Iを推進してきました」


その歴史が、ポリシーやカルチャーとして根付いている。川田さんはそう説明します。

川田さん「DNAとして受け継がれていたその風土がより具体的になったのは、1953年のことです。米国本社で機会均等に関する初のポリシーレターが発行され明文化されたことで、社内の絶対的なルールとなりました。1984年には、このポリシーレターに性的指向に関する記述も追記されました。ポリシーレターは米国でつくられたものですが、日本を含む全世界で同じように展開されています。CEOが変わる際には、ポリシーレターにサインをするのが決まりになっています」

社員の行動規範にも、ポリシーレターと同じ内容が書かれていると川田さん。そしてこのポリシーレターの存在が、カミングアウトを決めた川田さんの心の支えにもなったと言います。


川田さん「ポリシーレターには、性的指向による差別を行うことを禁じますと明記されています。もし差別を受けたとしたら『いやいや、ポリシーレターに書いてあるのにおかしい』と声をあげられることが心の支えになりました」

またD&Iの推進は、イノベーションを進めるためにも欠かせないと、川田さんは語ります。

川田さん「IT業界は世の中の変革を支えていかなければいけませんし、IBMにはマーケットプレイスとワークプレイスは同一であるべきという考えがあります。障がいを持つ方が世界で何割かいるのであれば、社内でも同じ状況をつくらなければいけない。そういう人たちが一緒に活躍できる場をつくらなければいけない。世の中に合わせて社内も多様化することで、新しいアイディアが生まれイノベーションが進められると考えています」

時代に先駆けて、障がいを持つ方を積極的に採用してきたというIBM。

川田さん「IBMは徹底した能力主義です。障がい者枠での採用は行っていません。障がいに対する配慮はしますが、差別はしません。同じ機会を提供し、そこで成果をだせば評価するという考え方です」

 

社員の自発的行動が会社を動かす

 

D&Iという概念を、IBMがいかに大切にしているか。川田さんのお話からは、それがひしひしと伝わります。では実際に、これまでにどんな施策をしてきたのでしょうか。

川田さん「LGBTQ+向け施策としては、同性カップルに対して結婚祝い金を支給したり、同性パートナーに対して福利厚生を提供したり。2016年には、箱崎本社のすべてのフロアに『誰でもトイレ』を設置しました。障がいがある社員に対しては、例えば、長時間の勤務が難しい場合は、多様な働き方を提供したりしています。聴覚障がいの方に対しては、情報保障ツールを提供しますし、口の動きが見えるようにマスクを外した状態で発言することも推奨しています。マネージャー研修も徹底しています」

川田さんの社内LGBTQ+活動は元々、自発的な活動でした。そしてIBM社内では現在も、有志による様々なコミュニティ活動が行われているといいます。

川田さん「IBMのD&Iの進め方は基本的に、まず当事者が声をあげて課題を提起するところから始まります。女性でも、障がい者でも、コミュニティを作って会社に対して働きかける。そういったコミュニティ活動の裾野が、最近とくに広がったと感じています。IBMの課題解決は、社員が主役です。経営陣はあくまでも、社員が声をあげやすい環境を整備することと、課題解決をサポートする立場で、『ボランティア活動を勤務時間のうち何時間やりなさい』とは指示しません。課題を提起し、解決法を提案するまでは社員の役目なのです」

問題意識を持っている社員が自発的に動く。その動きが会社を変える。それができることが、IBMの強みのひとつだと川田さん。

川田さん「どのコミュニティでも、ディスカッションをするのはランチタイムを活用することが多いです。皆それぞれ自発的に時間を捻出して議論を重ねています」

ではIBMのD&Iは今後どんな方向に進み、どんなゴールを目指しているのでしょうか。川田さんにお伺いしました。

川田さん「まだまだ解決すべき課題はたくさんあります。LGBTQ+に関しても、すべての当事者が自分の意志に基づいてカミングアウトできる環境かと言われれば、そうではありません。そのために必要なのは、社員すべてがまず『知る』こと。そして『理解する』こと。会社から押し付けるのではなく、社員が自発的に関心を持てる環境をつくることも大切だと考えています。LGBTQ+の会話をするにしても、その話だけで終わるのではなく、他の要素も加えてみる。例えばLGBTQ+とニューロダイバーシティとか、LGBTQ+と子育てとか。そうすることで間口を広げ、自分ごととして捉える方が増えればいいと考えています」

そして、その先に待つ景色は。

川田さん「誰もがあるがままでいられ、その上で能力を発揮できる環境を目指しています。IT業界は今、かなりの人材不足です。これまではIT企業がIT人材を確保し、お客様にITソリューションを提供するという時代でしたが、今はあらゆる業界のあらゆる企業でDXがすすんでいる。あらゆる企業が、IT人材を欲しがっている時代です。各個人がその能力を最大限に発揮しビジネスに貢献できる環境で働いていただくことが、IBMにとって経営戦略のひとつになっています。今年の1月からは、新卒でも中途採用でも、条件項目から大卒要件を完全撤廃しました。エントリーする際も、ジェンダーの記入も任意だし、学歴も書かなくていい。個が輝ける環境づくりを推進しています」

最後にこの記事をご覧の皆様に、川田さんからメッセージをいただきました。

川田さん「IBMは1人1人違うのが当たり前で、その1人1人の個性を大切にしている会社です。人にはそれぞれ得意不得意があります。これは私のマネージャーとしての意見ですが、チームで成果を上げようとしたときに、不得意を水準まで引き上げるよりも、それぞれの得意なことをさらに伸ばしたほうが結果が出やすい。皆さんも自分自身に自信を持って、得意なことをさらに伸ばして、就職活動に臨んで欲しいと思います。IBMという会社は、引き続き社会の変革に貢献していきます。テクノロジーは変わっても、その立ち位置は変わりません。イノベーション、トランスフォーメーションを続けながら進んでいく魅力的な会社なので、ぜひ関心を持っていただけたらと思います」